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老いていくということ

年を取るというのは、「どこかに行きたい」とか「何かを見たい」と思うエネルギーが失われることだから、若いうちに海外に行ったり、さまざまなものに触れておくようにと、そう冗談混じりに言っていた母も今年で69歳。
だんだんと先を見据えた終活がはじまった。

まずは築40年を越える、いまでは半分もふさがらなくなってしまったアパートを処分することになった。

いままで何も手伝ってこなかった自分には残されたところで管理も何もできるはずもなく、これ以上持っていてもプラスになることはもうなく、どちらかというと、メンテナンス費や解体費などを考えるとマイナスにしかならないのだから、仕方のないことなんだけれど。

何もしていない自分が哀しさを覚えるのは都合のいい話なんだとはわかっていても、40年以上も側にあったものがいざなくなるというのは、やはり喪失感を覚えてしまう。

もちろんその決断をした母の方が、何倍も感じていることだろう。


ここ最近は、十分に食材があるのに、必要以上に買い込んだあげく余らせてしまったり、買いだめした出来合いのものを先に食べなくてはならないのに、新たにご飯を炊いたうえにパスタを作ったりと、少しずつ、少しずつ、母のなかのメーターが壊れはじめてきている。

人は必ず老いるとはわかってはいるのに、いざそのときが見えはじめると、本当に本当につらい。
いまはただ、いつかくるそのときが、できるだけゆっくりと、できるだけひそやかにやってくればいいのにと願うばかり。

時間だけは誰にでも平等なものなのだとわかっていても。


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